アンガールズ田中の芸歴調べてみた。

アンガールズの由来って?


メンバーは田中卓志さんと山根良顕さん。2人が出会ったきっかけは「ボルケーノ」というインカレサークル(大学間を超えたつながりをもつサークルのこと)でした。

田中さんが上京したあと、山根さんも追いかけて上京したそうです。山根さんがそのとき住んでいたのが東村山市だったんですが、志村けんさんに憧れて住んでみたのかもしれませんね!



コンビ名の「アンガールズ」ですが、なよなよしているから「ガールズ」と付けようとしていたみたいです。

それを山根さんが「いや、どうみても俺ら女にみえないだろ!」ということで「アン(否定のアン)」をつけたのが命名の由来です。

もし二人ともビジュアル系な見た目をしていたら「ガールズ」でも通ってしまったかもしれませんが、なんだか彼ららしい名前のセンスですよね。


活動開始は2002年からで、意外や意外、波田陽区さんは後輩にあたるのだそうです。

芸歴は2022年現在でちょうど20年となりました。




アンガールズ田中の芸歴2000年代



彼らが注目を浴びたのは2004年に放送された「恐怖のバク天芸人」。爆笑問題をはじめとした審査員たちを1分間飽きさせないようなネタを披露することが条件となりました。

1分というと短いですが、「飽きさせない」というのが難しいですよね。しかもお笑いには厳しそうな爆笑問題山の前で、開始直後から「面白いなこいつ!」と思わせないといけない訳ですから。


アンガールズの二人はライブ出演の経験はありましたが、それまでテレビ企画への参加はなかったようです。堂々と1分間ネタを披露し、審査員の笑いを勝ち取ったのです。その後は「エンタの神様」をはじめとした番組レギュラーメンバーとなります。


2004年は「笑いの金メダル」での金メダル獲得、「第二回お笑いホープ大賞」などで知名度をあげていきました。


個人的にすごいと思ったのは、東京シティ競馬の競馬レース名になる権利を獲得したことだと思います。

なぜかというと、この対象になったのが北島三郎さんだけだからなんですよ。


その後は他の芸人さんとのコラボ企画、バンド出演、チャリティーイベント参加などで話題となりました。


しかし、「単独ライブチケットが売れない」という理由でキングオブコントにエントリーするなどしていました。

これだけ面白いひとがなぜ売れない時期があったのかわかりませんが、2016年当時にはニコニコ動画への企画に参加するなどしていたみたいです。

今でこそ芸人のYouTubeチャンネル開設は珍しくないですが、きっとアンガールズ田中さんは何が何でも食らいついてやる、という覚悟でやっていたのかもしれませんね。



まとめ



アンガールズ田中さんと山根さんはインカレサークルをきっかけに知り合う。

コンビ名の由来はなよなよしていて「ガールズ」を名乗りたかったけど、どう見ても「ガール」な見た目じゃないので「アン(否定)」がついた。

芸歴は20年。後輩が波田陽区さんだったり、マツコ・デラックスさんと同期。


2000年代は賞をガンガンとるわ、コラボするわで大活躍。

それでも単独ライブのチケットはうれないというのだから意外でした。


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